2018年09月29日

まつわ

『 そうだったのか。今まで俺に欠けていたのは,これだったんだ! 』,そう悟ったのを境に,これまで潤沢な才能を活かし切れず,何度かあったチャンスもことごとく背を向けられ,悶々とやりきれない日々を過ごしていたのがウソのように突然パッと視界が広がった。そして,おそらく最後になるかもしれない機会を捉え,遅ればせながらも,ここに41歳の最年長プロ棋士が誕生することに。

それからしばらくたったあと,『 わたしな,この仕事はじめてから,<待つ>,ということの大切さがようやくわかったような気がするわ 』,こんな言葉を何度か耳にすることに。

これは,介護施設で<通所>の老人たちの面倒を見るバイトを始め,世話焼きの要領をすっかりマスターし,現場でも重宝されつつある家内の近頃の言葉です。

いままで難なくできたことも,加齢のためにそれが徐々におぼつかなくなったり,病のため突然体の自由が奪われてしまい,手足を思うように動かすことができなくなってしまった。されど,以前のように自由に動きたい,こんな気持ちは生きてる限り決して無くなることはないとのこと。

たとえば,食べること一つにしてもその動作は極めてゆっくりで時間もかかる。ただ,それをじっと見守り,時に即席の世間話なんかもはさみながら,ゆっくりと動作の完結を待ってあげることが結局,本人の意にかなうんだ,ということがしみじみ理解できたとの由。

娘のことで,なんでも気長にすることが大切ということは頭の中では分かっていたつもりでも,もっと超スローで,全然聞きわけのない,まさしくワンダーランドに身を置くことで,はじめて<待つ,とは何ぞや>の答えがわかった,そんな悟りの言葉を家内から聞けるとは,少々ぶったまげ。
冒頭の<41歳でプロ編入試験に合格し最年長の棋士>となったのは今泉健司さん。あと1勝すれば合格という直前の様子を映し出したものがユーチューブにアップされていました。

今泉さんが,歳も歳だしそろそろ何か定職につかねばと思い立ったやさきに選んだのは,故郷の福山での介護職。

もうあとには引けぬという必死の思いもどこかにあったのでしょうが,全く勝手の違う世界で相当苦労したはずです。わけのわからぬ老人たちに向かう際に求められるのは,ゆとりを持って相手の気持ちに合わせること。これを身をもって体得できたのは大きかったようです。

『 俺の将棋に決定的に欠けていたのがこれ。棋は対話なり,という言葉があるように,お互い尊重し認め合っていかなければならないのに,己の力を過信して自分のことしか考えていなかった。老人たちと接するうちに,ようやくその大切さが身にしみてわかった。

そして,今まで俺は独りぼっちなんだと思っていたが,老人たちも一緒に働く仲間も,俺を頼ってくれるし,心から応援してくれる。対局で戦うのは確かに一人で最後の頼みは自分の力。されど,真剣に応援してくれる人がいる,自分独りが戦っているんじゃないという思いはすごく大きい。介護の現場で働くうちにそれがわかって妙な力みがなくなった 』

今年はNHK杯の初戦で聡太君とあたりましたが,終盤で勝ちをやや急いだ聡太君に粘り倒し,最後はとうとう寄せ切ってしまった。まだ40代の半ばなのだから,これからも<おっさん棋士まだまだ健在>で頑張ってほしいものです。

(PS)棋聖戦の予選でお互い勝ち進んだら,再びあいまみえることになります。なので,そこまでは両者とも負けるなよ!

9月29日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 17:10| 周辺 | 更新情報をチェックする

2018年09月26日

モンマイウェイ

髪の短いまだ幼い顔立ちの兄と弟が揃って荷を担ぎ,神妙な面持ちで部屋へと向かう姿が大々的に報道されたのをよく覚えています。

ちゃんと心を決めたのか,覚悟はできてるな。その日が来たら,もう親でもなければ子でもない,親方と弟子という関係で他の弟子同様,心を鬼にして徹底的にシゴキぬくがイイんだな。そんな念押しを何度も何度も繰りかえしたに違いない。

オヤジは,相撲を取ったらほかに何にも残らない,不器用極まりない頑固ものだったが,それ以上に頑固だったのは,弟のほう。まわりがどんなに理にかなった心憎い助言をしても,<ありがとう,恩にきます。でも申し訳ないが,わたしは私の信ずる道を歩んでいきたい>,こんな受け答えが何度も登場したのでしょうね。

孤立無援の中で苦しみながらも,それでも構わない,たとえ負けようと,それは己の不徳なり,自分の信念を通したのだから悔いはなし。そんな男気あふれたいさぎよい姿を涙を流しながらも,その心が痛いほどわかる,とやたら感応する根っからのファンも多い。

やはり日本人は,かけ引きというこすっからい自己保身の手立てを潔しとせず,自分の信念をまげない大和男児を大いに好むのです。

判官びいきの<判官>とは義経のこと。兄の頼朝のように,大きなビジョンを持たないものの,戦じょうず。人の及びもつかぬ離れ業を放っては窮地を脱する姿に拍手喝采を。

歳とったらわが身可愛さに,いい加減小ズルくなってうまく立ち回ればよいのに,あいかわらずガンコ通して自ら窮地に立ってしまうのを見るにつけ,一方で妙なすがすがしさを感じてしまうことも。

そんなたびに,腹からしぼりだし,地鳴りのような響きわたる,マヘリア・ジャクソンのゴスペルソング<アイム・オン・マイ・ウェイ(わが道を)>が頭の中に響きわたってきます。

◆ I'm On My Way by Mahalia Jackson
https://www.youtube.com/watch?v=ckkqzWxkxl4

9月26日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 23:27| 諸々 | 更新情報をチェックする

がんばれタブチくん

かって,漫画アクションに掲載された<がんばれタブチ君>が大好きでした。作者は,いしいひさいち先生。タブチ君とは,阪神タイガース往年のスラッガー。本当はジャイアンツ入りを熱望してたのに,ドラフトでは阪神が指名することに。すったもんだのすえなんとか阪神入りを。そして,堂々阪神の顔に。

N0817.jpg私はこの漫画ではタブチ君もなかなか魅力的でしたが,ヤクルトの安田猛投手と,たしかミヨコという名で登場するタブチ君の奥様の大ファンだったのです。安田さんは見た目通りすでに立派なキャラ,漫画の中の表情が愛嬌たっぷりでなんとも可愛らしく。

また,ミヨコさんはタブチ君とはやや冷えた関係で描かれながらも,どこか妙にせつなく優しく魅力的。私は当時まだ独身だったのですが,おれもこんな嫁が欲しいとつい思ってしまったりと。

がんばれタブチ君は,また,どこか寒々しい現実も描いていたかもしれません。パロディ漫画でありながら,実はその方が,何気ないヒトコマに現実の厳しさを鋭くえぐった状況を活写させえたのかもしれませんね。

このどこか寂し気な,笑いの中にもどこかにちゃっかりひそむペーソスも気に入っていました。吉本新喜劇が笑いをガッツリ取るだけでなく,どこかホロリとさせる雰囲気をにじませながら,速攻笑いに戻してそれを帳消しするテクニックのようなものでしょうか。

田淵選手は,仙一さんや衣笠さんを失ってガックリしているのでしょうか。基本的には独特の,でっかい弧をえがく雄大なホームランのごとく,おおらかでおっとりした心ゆえ,現婦人と仲良くやっていることと。なお,ミヨコさんとは前夫人だったとか。

9月26日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 20:38| 諸々 | 更新情報をチェックする

おでん

まだ相変わらず,短パンに半袖ポロシャツという真夏の格好を通していますが,外出することが滅多にないだけにこれでも通用するのですが,さすがに最近やや肌寒くなってきました。

N0786.JPG月下旬の銀行巡りのついでに家内の<買い物>にもつきあうことに。晩は何にしよか,と思案していたところ,買い物に寄った超ディスカウントショップ<ラムー>の夏でも寒いくらいの店内の寒さが思いのほか身にしみたのか,<久しぶりに,おでんにしよか>の提案が即決。

今晩がその日で,<今日はバイトの後娘の練習があるので,電気がまには白米と具材をセットしとるので,昼過ぎでエエから,忘れずにスイッチ入れときや>と家内に頼まれ,<ヨッシャ,わかった,かしこまり>と力強い返答を。

ところが,この約束をすっかり忘れてしまったのです。昼からバイトが少し入ったのですが,晩の7時過ぎに一段落。
<あ,今日はオデンだった,缶ビールが冷えてなかったな,冷やしに行こ>と階下に下りたら,電気がまが目に入った。<忘れとった,でもまだ7時だからセーフ,間に合った,助かった>,このまま気がつかなかったら何を言われることやら。

我が家では,娘も息子も,幼児期の<赤飯トラウマ>があるせいか,炊き込み系ゴハンが大の苦手。
特に娘は<白メシ命>なので,今日はオデンがあるから何とかなるものの,炊き込みゴハンと漬物や吸い物だけだったら,不満の表明のイヤガラセ発言が始まってしまいます。<おかあさん,あした,おにくやいてください>

今の若い人はおおむね食に恵まれた環境で育ってきたので,万がいち,食糧難になってしまい,食べるものが制約されたら,いったいどうなることやら。されど,われらジイジやバアバはこんなときこそ本領発揮。すずしい顔して,<いただきます>,まあ,こんなところでしか自己主張するしかないからな。

9月26日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 19:42| 周辺 | 更新情報をチェックする

2018年09月25日

いけそうた

今日は聡太君が出場できる最後の<新人王戰>で,相手はこれまで2戦2勝なるも若手強豪の青嶋未来5段。
ここで勝てば次は,すでに勝ち上がって相手がどちらになるか見守る奨励会の出口3段との新人王決定の三番勝負。

ところが,今年の聡太君は,昨年ほどの爆発する華々しさがありません。

棋王戦の本戦で菅井王位にころりと負かされ,王位戦の予選は優位だったはずの形勢を損ね山崎8段に逆転負け,続く叡王戦の段位戦でも,気のいい勝負師デカコバ(小林裕士)七段にポンポコで3500点以上の大差をつけられ大苦戦,相手のちょっとした対応ミスに乗じ,なんとか逆転勝ちしましたが,かように精彩をやや欠く状況。

まだ16歳の高校生棋士なのに,勝率も相変わらず8割以上をキープしてるにもかかわらず,それ以上の高みを望むのはあまりにもコク。されど,やはり圧倒的なパフォーマンスを,いやが応でも期待されてしまうのが,つらいところ。

アベマの視聴者数も聡太君の対局時には,昼過ぎには●●●K(数十万)に達し,終盤に近づくと大体1M(百万人)を超える驚異の集客力。これを見ても期待の大きさは一目瞭然。

対前年比で対局数が減ってしまったのは,出世があまりに早すぎて段位制限のある「加古川清流戰や上州YAMADAチャレンジ杯」の出場資格を失ってしまったこと,予選や本戦のしょっぱなで超実力者にあたってしまうめぐりあわせ等も影響しているかもしれません。

ただ,非公式戦のAbemaトーナメントでは,予選で近藤誠5段→ハッシー8段→増田6段に快勝,準決勝でも高見叡王を負かし,本トーナメントの発案者でもある羽生竜王を破って決勝にコマを進めた,昨年30連勝を阻止した<宿敵>佐々木勇気6段を,難なくしりぞけ優勝してしまったあたり,やはり相変わらず尋常にはあらず。

今年一番残念だったのは,王座戦の挑戦者決定戦の一歩手前で,奈良市出身のナイスガイ斎藤慎太郎7段に負けてしまったこと。

その慎太郎7段は続けて渡辺棋王をも破り中村王座への挑戦権を獲得,現在2連勝でタイトル奪取まであと一つ。もし,あの時勝っていたならば,16歳でのタイトル初挑戦もあったかな?されど,これは取らぬ狸の皮算用というもの。

どこかでひょいと檜舞台に立ってしまう<生まれ持ったもの>を持つ聡太君だけに,まず,とりあえずは,来年以降はいくら欲しくても手の出せない新人王をサラリと獲って,ニュースや昼のワイドショーなんかで
<最後の機会はのがさないぞ!新人王を奪取>などと報じられるにしようではないか。

決着がつくのはは夕方6時前後か。出だしは矢倉模様。両者の熱戦を期待したいですね。行けいけ,聡太君!

9月25日 あいう
posted by Don and Mama Mind at 11:52| きかい | 更新情報をチェックする

2018年09月21日

しれッダー

今日から娘と家内は,秋雨のなかを水泳の試合に向かうことになり,私のほうは丸4日間ひとり暮らしをすることに。されど,平日などは殆どひとり暮らしに近い状態なので,あらためて不自由してしまうということはありません。

ここ数年,娘の試合を見たりすることがすっかりなくなってしまったので,今の雰囲気はよくわかりませんが,家内から時々聞く話などから察するに,すっかりさまがわりしてしまったようです。

娘は二十歳になってからの超奥手デビューでしたが,当時は選手も試合風景も名状しがたい<不気味な野趣>にあふれており,状況を知らないごく普通の人が見たら,まず十人のうち九人はひっくり返ってしまったはずです。

娘もたいがい重度なのですが,更に輪をかけた”ぶったまげにいちゃん・ねえちゃん”も勢ぞろい,どこぞ身の危険をおぼえながらも,スタート台に立ってから水の中にいる間だけの変身ぶりを眺めるにつけ,何とも異様な迫力があって新鮮な感動を覚え,それが実に楽しくもあり,面白くもあり。

私のイメージはそのへんで終わってしまったのですが,そんな野趣あふれるアスリートはすっかり影を潜めてしまったとか。仮にいたとしても自己主張できる場がすっかり手狭になってしまったようで。

スポーツである以上,それなりに格好(見栄え)がつかないといけないのは当たり前のこと。しかるに,
ポルシェまでとは言わんが,せめて国産スポーツカーぐらいにはといくら急き立てても所詮無理な話。創成期の和製自動車のごとく,ときに焼けたエンジンを冷ますためボンネットを開けてしばらく休んだりしながら,えっちらおっちら,我が道を行く,これこそが本来の姿にて候。

そして本質的に必要なのは,どこかに自分の身を置ける<とまりぎ>があること。せっかく探しあてた場は何であれ,末永く大事にしておきたいものです。

臨機応変に,しれっとあらわれ,きをみて,しれっともどれる器用さを持ちあわせていたらよいのですが,
そもそも,いくら口を酸っぱくして言おうともサッパリ理をわきまえぬワカランチ軍団であり,制御するブレーキとか自由自在にあやつるハンドルを持たないのが,その原形質ゆえ。

9月21日 どれみ
posted by Don and Mama Mind at 13:53| 競泳コラム | 更新情報をチェックする

もしもし

それが始まる前後あたりから,もちろんその真っ最中も,今まで誰にも話したこともない,ちょいと恥ずかしいことだって平気に真顔で,時も忘れ,とにかく一緒に何かを話し続けていたい。

広場のベンチで夜が更けるのも気がつかず,夢中で語り合うカップルに,<もしもし,そろそろ帰ったほうがいいですよ。このあたりは最近物騒で,灯りももうじき消えてしまうことだし,話の続きはまた明日にしたらどうですか>,と声をかける人は一体誰だったのか。

耳にした頃でさえ,すでに古めかしい部類にあったこの唄の一番の歌詞とメロディーをどうして覚えていたのか,よくわかりませんが,おそらく機会のあるつど,繰り返し聞いていたのでしょうね。

当時の流行歌は比較的息長く歌われ続けていたし,歌詞も覚えやすくメロディーも親しみやすいものが多かったので,自然に体にしみついてしまったのかもしれません。

きっと,少しヒマを持てあましたお節介やきの老紳士が,食後の散歩中にでも,若いカップルが夢中に話続けるのを見て,ろうば心から優しくたしなめたものに違いない,ずっとそんな風に思っていたのですが,さにあらず。

その発言の主は<交番の巡査>だったのです。

この唄は曽根史朗さんが20代半ばころに歌って大ヒットした<若いお巡りさん>,曽根さんと同じ年頃の若い巡査が,カップルや家出した少女,朝の納豆売りなどに<もしもし>と声かけしていく,なんともほんわかとした名曲です。

広場や公園のベンチというより,ときどき居酒屋などで将来のことなどを楽し気に話し合ったことはあったかもしれないけれど,親しい人にさえ決して打ち明けたことのない秘密をカミングアウトしたことなど,私にはありましたっけ?

隠しごとが大嫌いで無類のおしゃべり好きの家内にだって,おそらく墓場まで持っていかねばならぬエピソードの一つや二つはあるはず。まあ,こんなだまし合いぐらいは許されてしかるべきでしょうね。

◆ 懐かしい昭和の風景が。来年は元号も変わるので,昭和もますます遠くになりにけり!

9月21日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 06:00| 周辺 | 更新情報をチェックする

2018年09月19日

ラヂオ

英語の ”RADIO” をそのまま変換すると,”ラヂオ” となりますが,旧カナ遣いは<ぢ→じ,づ→ず>などに改めるべしとのずっと昔のお触れによって,今なら,”ラジオ”ということに。

ただ,”ラヂオ” のように「ヂ」という文字はなかなか捨てがたい味わいがあるので,いまでも ”ラヂオ” と書く人もいます。

昨今スマホが隅々まで浸透しているので,音楽などもユーチューブで楽しむ人も多く,ラジオ番組に耳を傾ける人は少ないのかもしれませんね。されど,散髪の時にラジオから流れて来る歌声には,いやされることも多く。

私などは,かって学生の頃は部屋にテレビなどなかったので,プロ野球や大相撲はもっぱらラジオ中継に頼らざるを得ません。アナウンサーの声だけを頼りに,その場の状況をかたずをのんで思い描いていましたが,思えば,これはこれで結構楽しかったですね。

また,競馬に親しみ始めた頃など,競馬場での情報入手などにラジオは欠かせず,また,車で遠出したときなど,ど田舎で競馬中継がなかったり,TV電波の届かないところでは,ラジオ中継に耳を傾けるしかありません。

かって家の近所には,トランジスタ・ラジオを組み立てるのが大好きなお兄ちゃんがいて,小さな箱に細かな部品をセットしてハンダ付けなどに夢中になっている姿を目にしたこともたびたび。

そして,完成した後にスイッチを入れ電波合わせを。ザーザーうるさい雑音の間から,なにやら声らしきものが聞こえてくると,まわりで今か今かと待ちわびていた子たちは,一様に<すっげー>っと感嘆し,お兄ちゃんも満面の笑みを。

トランジスタの前は,真空管ラジオの時代なんかも。そんな歴史を,おぼろげながら一部体験してるだけに,
やはりラジオは,少し古めかしく,奥ゆかしくもある ”ラヂオ” が一番似合ってる!

ところで,俺たちゃ,ジイジ,でかめへんで。ヂイヂでもいいけど,これじゃアブラゼミの鳴き声みたいだしな。

9月19日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 15:37| 諸々 | 更新情報をチェックする

づッリ〜

先日亡くなった樹木希林さんを偲ぶ回想場面で,沢田研二さんのポスターの前に立った
希林さん演ずる<寺内きんさん>が,じっと見つめてから,上半身をゆらしながら,ジュリ〜っと叫ぶシーンが紹介されていましたが,我ら前後の世代の人なら,十人中九人まではなじみ深いシーンです。

N0788.jpg 希林さんのことは偉大な性格俳優であること,俳優としての存在感や実力の程は重々承知していたものの,
 <異性>に対する興味という観点からすれば,要するにどこにでもいる<おばちゃん>のような,無性の存在だったようです。

 ただ,テレビで過去の言行録をいくつか聞いているうちに,結構奥行き深いことを言ってるな,と改めて感じました。

 たとえば,<死は誰にでも平等に訪れること,なので,かって共演した俳優さんが亡くなっても,残念,悲しい,惜しかったなどとは言いたくない。それは私についてもおなじことだし>など。

彼女の存在自体,そもそも男子のそれだったかもしれません。若い頃から,フェミニンを縦横に放つのではなく,常に冷静な男子の大局観を持ちながら生きてきたのでしょう。フェミニンは男子を惹きつける重要な要素ですが,あまり押し売りされると,ときに辟易してしまうことも。

希林さんに生来備わった<男子の世界観 ; 同志としての共鳴・共感>こそが,フェミニンの欺瞞と空虚に飽いた同業の俳優たち,無頼のロックンローラーの心を惹きつけてやまなかった理由の一つなのではないかと思えてなりません。

ところで,
我が娘は,あいかわらず,<じゅ>の発音がうまくできず,ときどき<づ>になってしまいます。
饅頭は<まんづー>,ジュースを<ヅーす>,ジュラルミンも<づらルミン>

なので,往年の希林さんをマネして,<ジュリ〜>,と叫んだつもりでも,
うるうるアクションもなく,ぶっきらぼうに,<づッリ〜>,となるのみ!

これには,天の希林さんも,思わず苦笑してしまうことでしょうね。

9月19日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 08:00| 周辺 | 更新情報をチェックする

2018年09月18日

しけもく

<しけもく>と言われても,タバコを喫わない人には,なんのことやら,サッパリわかりません。
もく,とは雲のこと,それを逆さまに読めば,もく。

今の若衆は言葉を逆さまにすることはメッタにないようですが,
今のジイジやバアバ,我らよりはるかに<イーハ(high)>な一団が若かりし頃は,ヒーコー,ナオン,レシカ,ネーカ,などなど,ダチとの会話なんかで,やたら気取って逆さまにすることが,N0789.jpg

どこぞ不良っぽく,途方もなく格好いいと勝手に勘違いしてたようで。今なら,さしずめ,DAIGOさんの,解説を聞かない限り,何のこっちゃ皆目わからん ”略語<DAI語>” のような感じでしょうか。

<しけもく>の話をするはずが,少し脱線してしまいました。もとえ!

タバコの煙を<雲>に見立て,タバコをもくと命名し,しけ,のほうは<しけた奴>など,しみったれたケチな野郎のこと。
灰皿にうず高くつみ重なった<すいがら>のうち,最後のほうまで喫いきらず,やや長目に残ったやつ。

もしかすると,もう一度指にはさんで着火したら,一二度あるいは,四五回くらいなら,まだ喫えるかもしれへんな。

箱の中にまだ何本か残っているあいだは,見向きもされませんが,タバコ買い忘れとった,買いたくてもネーカがネー。
そんなとき,つい灰皿をのぞき込み,しけもくあらへんかと,つい横目でチラ見。

あった,でもな,とややためらいながらも,背に腹はかえられへん,灰皿からそろり一本つまみ出し,吸い口のフィルターあたりの灰を指でサッとぬぐってから点火し,いつものように煙をもくもくと。

学生の頃,そんなことはしょっちゅうでした。そして,はずかしながら,今なお時々そうすることも。
人間,かっこさえつけなけりゃ,なんでもできるし,ムダなことも結構回避できるのに…

他人の手前,いらぬ見栄はったり,やせ我慢したりと,武士は食わねど高楊枝みたいなプライドさえかなぐり捨てちゃえば,もう少し楽に,気ままに生きることができるのかもしれませんね。

9月18日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 16:18| 諸々 | 更新情報をチェックする