2018年12月31日

連鎖反応

今日は大晦日,これから<ゆらら>という町中温泉(要するに温泉をひいた大きな銭湯)へ行くことになります。ならやま通り沿いにあって車で15分くらいの所にあって,年に何度か利用しています。臨時のパートから戻った家内は帰ってくるなりソファで居眠りを。声をかけたら<ここはどこ,わたしはだれ>状態,けっこう疲れたみたいですね。

N0827.jpgところで,
朝食のあと歯みがきをすませると,自分の部屋にもどりスクワットを十数回おこない,その後しばらくの間ベッドで横になることに。そのさい,ユー・チューブにアップされた1時間50分の<ベスト・オブ・ビックス・バイダーベック>を聴くのが,ここ数年,毎朝の変わらぬ習慣。

そこには39曲が収録されており,いずれも3分台の短いものばかりですが,毎日聴き続けるうち,ほとんどのメロディーやアドリブのラインナップなどが頭の中に入ってしまいました。

曲名は殆ど覚えていませんが,1曲の終わりに近づいてくると,<次はこんなメロディーだ>と連鎖的に浮かんでくると,なぜか少し幸せな気分になってくるものです。変なたとえになりますが,これは<パブロフの犬>の条件反射みたいなものです。

じいじになってくると,日々の楽しみが徐々に失われてしまうので,<次の楽しみが,どこかで予定され約束されている>と思うだけで,ことさら生き甲斐のようなものを感じてしまうのでしょうね。

ビックスが活躍していたのは,大戦前の大恐慌前後の頃。当時は3分ちょっとの短い時間の中で,数コーラスからせいぜい1分程度のソロを他の奏者と分かちあうのだから,自己主張の場はおのずと限られてしまう,されど,おっとどっこい,きっちり言いたいことを言ってのけるところが,ビックスやトランバウアーなどの偉いとこなのさ,とは油井先生の言葉。

青二才のときのように<知恵や金なんかなくても,とりあえずは体力と馬力勝負>が,かなわなくなってくると,自然と短い時間のなかで,できそうなことをキチンとしておきたくなる,あるいは,それしかできなくなるのかもしれません。

ビックスたちの<3分間の中の主張>にわけもなく共鳴してしまううらには,きっとそんな事情があるに違いありません。

ちなみに,<ベスト・オブ・ビックス・バイダーベック>はここ。

12月31日 ひふみ
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2018年12月29日

おじゅう

オジュウチョウサンの参戦で大いに盛り上がり,5番人気まで推された有馬記念でしたが,結果は9着。されど,モズカッチャンの次,マカヒキより前という着順を見れば,善戦の域をはるかに超えており,障害レースの絶対王者の<意地>を十二分に見せてくれました。

N0828.JPGオールドファンの中には,もしかすると26年前にブービー人気で勝利したメジロパーマーの再来なるかと騒ぎ立てるむきも多かったとか。確かにパーマーは前年暮れに障害レースを2走したこともあるので<障害帰り>といえばその通りですが,これは明らかに調整措置。それに,有馬を征した同年には新潟記念や宝塚記念を勝っており,直前2走があまりに不甲斐なかったので人気を落としたまでのこと。

私はオジュウの意思表明をスポーツ新聞で知りましたが,まっさきに思い浮かんだのは,私が競馬に親しむようになって間もない頃,同様に絶対王者として君臨していたキングスポイントのことです。

キングスは,名馬テンポイントの実弟であり,兄がレース中のケガがもとで無念の死をとげた翌年にデビューしただけに,大いに期待されましたが,新馬戦は3着に終わり,最初の勝利をあげるまで6戦も要してしまうことに。また,その後は勝利とは無縁になってしまい,400万(現在の500万)クラスをクリアできず,鳴かず飛ばずのまま。

やはり,よくある<賢兄愚弟>だったのか,と見放されそうになったデビュー1年後の暮れ,転じた先は障害レース。されど,未勝利戦をあっさり勝ってからの躍進ぶりがすごかった。間に2着が2度あった以外は全て楽勝,82年に春の中山大障害を征したあと,陣営が選択したのは,平場への復帰。

期待を裏切ってこちらに転じたが<さすがにものがちがった>,キングスもテンポと同じように大レースのひのき舞台に立ちたいに違いあるまい,絶対にムリだと思うけど,ジャンプで頑張ってくれたこいつの夢をかなえてあげようぜ。

こうして,京都大賞典をステップレースとし,当時は3200mの秋天に参加することに。当時は結構大きなニュースとなりましたが,さすがに競馬ファンは冷静であり,与えた評価は14頭中の11番人気,されど,8着という1桁着順を果たしたのです。これは,今年のオジュウに勝るとも劣らぬ快挙でした。

なお,この時の勝ち馬はメジロティターンで2着がヒカリデュール。私は大好きだったサンエイソロンが軸の馬券を買っていたので大負けしてしまい,梅田の場外馬券場からトボトボ帰路についたことも,ついでに思い出してしまいました。

また,この頃に家内を紹介していただき間もなくつきあい出すことになりましたので,思えば,人生の新たな節目を迎える時期であったのかもしれませんね。

12月29日 いろは
posted by Don and Mama Mind at 13:17| 競馬観 | 更新情報をチェックする

2018年12月27日

正月料金

<正月料金>ということばを知っているのは,われらの少し後輩世代ぐらいまでになりますか。今のヤングや一部のミドルなんかは知るはずもありません。

今は昔,正月の三が日はどこの店も完全休業で店があくのは4日から。せっかくもらったお年玉で普段ならぜったい買えないものを手に入れようと意気込んでも,デパートも玩具屋も洋品店も,どこも開いていません。ゆえに,三が日はガキどもにとって,なんともじれったく,もどかしい。

そして,正月明けのしばらくは,働き手の確保などが難しいことあって,とりわけ<サービス料金の全般>は目の玉が飛び出るほどはね上がるので,これを称して<正月料金>と呼ばれることに。

されど,開店日はしだいに一日ずつ早くなり,いつの間にか元旦営業が当たり前のことになった時点で,必然的に正月料金は死語となってしまったのです。

思うに,この正月料金とは当時みなが認めざるを得ない一種の<必要悪>だったのかもしれませんね。年に一度のおめでたい正月は誰もが休むものというのがほとんど常識であり,この間に人手を集めるのは困難ゆえ人件費を上げざるをえず,したがってそれが料金にはねかえるという負のスパイラルは仕方なし。

こんなやむにやまれぬ必要悪たる既得権も,その存在意義が薄れてしまえば,ごく自然に淘汰されてしまいますが,既得権ないしは特権が存立する意味をとっくの昔に失いながらも,ひっそり脈々と受け継がれている,いにしえの正月料金のごときものが結構あるはずで,たんに皆が知らないだけのことかも。

基本的に<自分の持つ(いわれのない)既得権はおかしい>などと声をあげる人などいるはずもないし,
それをもたない第三者がその存在に気がつきその意義に疑問を発し,かつ多くの賛同を得ないかぎり,その命をながらえることができるから。

されど,我らみな無意識に,なんらかの既得権という甘い汁を,その量の多い少ないは別として,どこかで楽しんだことがあるはずではないのかなと。それに気がつかなかった,それをそうだと思わなかった,こうして波風も立てずに月日が流れていくことに。

12月27日 ふみよ
posted by Don and Mama Mind at 19:13| 諸々 | 更新情報をチェックする

てんぷら

全国転勤族の父をもった関東出身のT君は,小学生のころ東京から徳島へ移ったさい,おでんや煮物でおなじみだった<さつまあげ>のことを,その地では全員がなんの迷いもなしに<てんぷら>と呼んでいることにビックリ,最初聞いたときは思わず笑ってしまったそうです。ちがうだろ!なんでこれがテンプラなんだよ?

せごどんの生まれ故郷の名がついた食べ物が<さつまあげ>,この発案者はどんが敬愛してやまなかった名君島津斉彬とも。されど,この食べ物はその土地によってさまざまな名がつけられているようです。ほかには,つけあげ,はんぺん,かまぼこ?等々。

<てんぷら>という呼び名は決してローカル限定ではなく,北では北海道や青森県,そして関西以西においてはこれこそがスタンダード。我が家の夕食が,ブタ鍋やおでんのとき,定番である<ひら(まる)てん,ごぼてん>,これはまぎれもないサツマアゲなれど,てんぷらの<てん>がついてるぞ。

かって学生寮に住んでいたころ,寮の入り口のまん前にあった食堂兼呑み屋では,冬場になるとおでんが出てきましたが,ゆで卵が中に入ったさつまあげがあって,これは関東では<ばくだん>と呼ばれます。(関西で見かけるのはマレですが,ばくだんの名は共通かも?)

人の習性として,育ったところの慣習や言葉とか食べ物が,他の地においては全然別の意味や異なったものであったりすると,つい自衛本能みたいなもので身構え,郷土の誇りという正義感から,場合によっては相手をチクチクいじったり,へへへ,オレらの方が断然エエやんかと相手を知らずしらず見くだして変な優越感にひたったりすることも。

そもそも,たとえば誰かが2人に<これはAっていうんやで>と伝えたとしても,2人が4人に,4人が8人と拡散するうちに,エーが訛ってイーになったり,逆さまにしてブイに変わることも,またいつの間にかゼットになったりで,まあ半分ぐらい正確に伝わればいいほうでしょう。

コミュニケーションなんて元来こんなものかも。全員一律に<A>って叫んだら,むしろ不気味ですね。独裁国家じゃあるまいし,習慣や言葉にしろ食べ藻にしろ,育った地の流儀にならって,それぞれが好き勝手に楽しんだとしてもなんの罪もありません。これぞ,まさしく平和と自由のあかし哉!

12月27日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 13:25| 諸々 | 更新情報をチェックする

2018年12月26日

オーラス

去年から有馬記念がJRA最後のG1ではなくなり,ホープフルSという2歳馬のG1がオーラスとなりました。有馬で一敗地にまみれたファンの<泣きの一回>をという配慮なのでしょうか。今年は,あさって金曜に。

N0826.JPG このレースはもともと阪神で行われていた<ラジオニッケイ杯2歳S>が発展的にG1へと昇格したものです。朝日杯FSはマイル戦なので,翌年クラシックを目指す駒がそこではなく,ラジオニッケイのほうに向かうことが多くなったこともあり,進路の巾を増やさねばという事情もあったとか。ここを勝ちダービーと秋天を優勝したのがレイデオロであるのはよく知られています。

 今回は,@ニシノデイジー,Jヴァンドギャルド,Dサートゥルナーリアあたりが主力を形成しそうですが,それぞれハービンジャー,ディープインパクト,ロードカナロアという種牡馬同士の来年における動静の一端を占うような意味合いもありそうですね。

全馬ランキングでは今年もディープが2位のキングカメハメハをダブルスコアの大差で離し,2歳馬部門でもトップ。この一角を崩すことができるかもしれないのが,カナロアかハービンかもしれません。来年は種牡馬ランキングの争いも面白くなりそうです。

さて,上記3頭以外に目についたのは,Gアドマイヤジャスタ(ジャスタウェイ産駒),Aブレイキングドーン(ヴィクトワールピサ),Hジャストアジゴロ(ノヴェリスト)の3頭で,その中でも断然不気味なのが,未勝利を勝ち上がったばかりのジャストアジゴロか。

ジャスト/アジ/ゴロと区切ってしまうと,<ちょうどアジの食べごろ>みたいになってしまい,なんだか変な名だなと気になっていましたが,正確には<ジャスト/ア/ジゴロ>で古い映画の題名あるいはジャズ・ナンバーとのこと。

同曲は,ルイ・アームストロング,セロニアス・モンクなどが演奏していますが,この名を選んで命名した人は,ジャズ創成期のものをとりわけ好む,かなり筋金入りのジャズ通なのかもしれませんね。

そして,ジゴロとは,女子を巧みにあやつり生活の糧を女子に全面依存するのをなりわいとする男子のこと。ようするに,ヒモと言ってしまえば二束三文の安物に聞こえてしまいますが,ジゴロと呼んだらどこぞカッコよくひびいてくることに。

新潟での新馬戦では2着に惜敗したものの,上り32.7秒はキラリ光るものが。走破タイムは凡庸なれど,新潟で32秒台の上りを記録した馬はおおむね出世するというジンクスもあるので,その名(まさしくジゴロ)にふさわしく女子をとろかすような魅惑の走りを見せねば!

上記6頭に決定的な大差は見られません。それでは,この6頭の三連複ボックスで,ほどよく荒れてくれることを願って,競馬の1年をしめくくることにしましょうか。

12月26日 いろは
posted by Don and Mama Mind at 19:26| 競馬観 | 更新情報をチェックする

あかや

食卓テーブルは幅が1.2mで,私と娘あるいは家内と娘,時々息子が加わったりすると,並んですわるとヒジがあたることも多く,どこかきゅうくつな感じがすることに。

今まで,さほど気になることはなかったのですが,娘が水泳の練習を夜遅くまで続けていた頃は,夜ふけにサッとすませてしまうことも多かっただけに,娘が足をケガしてからのここ数か月は,それがなくなり割と早い時間帯に,やや時間をかけユックリ食べることが多くなったからかもしれませんね。

N0825.JPG<これじゃファミレスの4人がけテーブルみたいで狭くてかなわんな。幅は少なくとも1.5m以上は欲しいで。なあ,一緒に見に行かへん?>,との誘いがあり,向かった先は<あかや>という家具屋さんでした。

<あかや>とは地元のB級家具店で,B級とは名からおおよそ推測できるように,通常の家具店で売られる品ではなく,どこかにチョッとしたキズなどがあり本来の定価を大幅にディスカウントしてるのを<ウリ>にする店のこと。こちらに戻ってから,サイドボードや来客用ソファベッド,娘のベッドを調達したことがあります。

家内も私も,機能面での不具合さえなければ,どこかに少々キズがあろうと気にはなりません。新品のピカピカだとしても,家具なら,とりわけ毎日使う食卓であれば,いずれキズが入るのは目に見えているからです。家族の誰かが何かブッつけ凹ませたと思えばすむことだし。

何点かチェックするうちに,幅が1.7mでイスが6脚もついているのを発見し,即決。
これで,<もうちょっと向こうによってや>みたいな言い争いがなくなることでしょう。それに,<心配せんとき。今月と来月のパート代で何とかなるから,わたしにまかしとき>だって。

たとえば,将来の伴侶なんかを選ぶようなとき,あんまり<完ぺき>さに執着してしまうと,妙に迷ってしまうことに。それに,完ぺきだと信じていたのに,一緒になったとたん,アラが出てくるわ出てくるわ,なんてことも多いものです。

少し欠点(キズ)のあるほうが互いに気が楽だし,欠点も見ようによっては,とんでもなくたまらない愛くるしさに変わったりすることだってあります。なので,欠点をカバーしあう内きずなも強く深くなることにもなりそうですね。

おっとー,これって,家内と私のことではありませんよ。あくまでも,ちまたの一般常識として申し上げたまでのことです。念のため!

12月26日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 13:27| 周辺 | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

コスパ

ある先輩は,昼食時に出かけるメシ屋を選ぶさい,<あそこはコスパがエエから>,と他店に比べ百円ちょい安く,しかも量がハンパなく多い中華の店にすることが,週に一回は必ず。

コスパとは,コストパフォーマンスの短縮形で,日本語で表わせば<費用対効果>,要するに<価格に見合う価値があるかどうか⇒これにこれだけカネかける値打ちがあるや否や>ということになります。安くて腹一杯食えたら何も言うことはない,という考えであれば,その通りですね。N0824.jpg

サラリーマンが同僚と連れだって三々五々メシ屋をさがす風景は見慣れたものですが,そのグループ内で地位がやや上の人,メンドくさがり屋の集団なら片よりなく店の選択をしてくれる世話人,そんな人のあとをついていくのが常。

店が決まった瞬間,今日は食欲ないから軽目にしたいのに,昨日の晩飯とおんなじかよカンベンして,そもそもソレって苦手なんだけど,そんな風に思っていたとしても,勇気を出して異をとなえることはまれ。しかたなく付き合うことに。

長い前置きになってしまいましたが,私も今のバイトの<コスパ>が如何なものかと12月からデータを記録しています。なお,バイトとは1枚幾らの単価が設定された出来高払の<デジタル添削>です。

現段階では,やはり,かけた労力に対し,いただく報酬は明らかにやや物足りないことが判明。もっとも,予想の範囲内でもあり,もともとタバコ代とか馬券代のタシになればとの思いで始めただけに,これで十分か。

ただ,実際にデータを取り始めてみると,途中である程度コスパが見えてきたりするので,どうしても所要時間が気になってしまいます。全体の三分の一が終了したけどこのまま行けば元本割れしちゃう,などと焦ってくることも。

なんだか,サラリーマン時代の時間に追われ四苦八苦していた頃を思い出してしまいますが,刺激とか緊張感といった良い意味での<ストレス>から長い間遠ざかっているので,くたびれ果てた<頭>には丁度よいカンフル剤になってる,と開き直ることにしました。

12月23日 ひふみ
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2018年12月22日

AI

犯罪捜査などに貢献してるのが<顔認証>ソフト。ほうぼうに設置された防犯カメラの映像データにリンクし,ある人物の人相データと比較照合のうえ特定し,今どの辺を動いているか,あるいは過去にどのようなルートを辿っていたかなどを瞬時に解析できるもので,多少の変装も見破ったりと精度も相当高くなっているとか。

N823.jpgところで少し横道にそれますが,聡太君の対局が放映される日,私はパソコンで<アベマまたはニコ生>の中継を欠かさず観ることにしていますが,毎回思うのは,対局の記録係って何とも<はてしない重労働>を強いられているなということです。

記録係は,奨励会員という若年のプロの卵が担当することになります。現在ではタブレットに記録するようになっていますが,対局者の持ち時間が1時間を切ると所定の用紙に1分経過毎にマス目にガリガリ斜線を引いたり,秒読みの掛け声もしなければなりません。

対局中は正座のままだし,始まる前には駒を磨き,対局前と食後などにお茶を出したり,また対局者からこまごました用事(何か持ってきて;買ってきて等々)を言いつかることもあります。また,局面がほとんど動かぬ午後中盤のニラミ合いの退屈なときには,もうれつな睡魔に襲われたりと。

持ち時間の長い対局だと一日の半分近くがそんなことに費やされ,終盤で局面が緊迫してくると,手洗いに立つことさえ許されません。しかるに曰く,かかる難行を体験し,またプロ棋士の対局姿や指し手などから学ぶことは,はかり知れず多いものだと。

されど,われ思うに,
対局模様は盤の真上に設置されたカメラで最初から最後まで記録されるので,このカメラを活用し<顔認証>ソフトを応用できたら,記録係の重労働の大部分は飛躍的に解消されるじゃろ,と。

なぜなら,顔認証に比べりゃ<駒>認証など赤子の手をひねるようまもの。駒の種類は8つで成り駒6つの計14種類,そして互いに逆向きなので駒の裏表映像をあらかじめ記憶しておき,駒が動いたと察知するたび差し手を記録することなんざ<お茶の子さいさい>のはず。

ついでに,時間の宣告とか秒読みも音声ソフトに換えちゃってもよし。二歩とか菅井7段のワープ角みたいな反則はその場で機械的に遠慮なく宣告できるし,千日手の判定なども苦労いらず。

こうすれば,記録係はマシンの不調や終盤などのトラブルを回避する場面ぐらいに顔を出せばよくなります。肝心の勉強ならモニターに映し出されたものを見ながら研究すればよく,それで十分。

確かに,対局を記録する体験によって得られるものは大きいとは思いますが,今はAIを活用できればたいがいの重労働は激減する時代になったのだから,<名より実をとれ>,多少は検討してみる余地があるかもしれませんね。

(PS) とは言ってみたものの,棋界にはやはり伝統的な形式ないしは様式美もあり大いに尊重されるべきなので,たとえば奨励会員が極端に減ってしまうような事態が続かない限り難しいことでしょうか。ただ,記録の検証というバックアップ手段としてであれば,可能性はなきにしもあらず。

12月22日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 19:27| 諸々 | 更新情報をチェックする

2018年12月21日

なまにあ

マニアというかオタクはあちこち無数に存在し,そのターゲットとなるものも無限にあることになります。誰しも,わけもなく惹かれるもの(こと・ひと)のひとつかふたつは持っているものですが,<その度合いが尋常ならざる>人たちを指すのは確かなこと。勿論,ストーカーなどとは全く無縁であることは言うまでもありません。

N0822.jpg <なまえオタク>とでもいうべき娘は,特技として<フルネームと顔が完全に一致した状態で>驚くほど多くの人を覚えているようです。家内は名前が思い浮かんでこないと,その特徴をいくつかあげ,なあこの人の名前なんだっけ?と娘にたずねると,すぐさま正確なフルネームで答えが返ってきます。

 また,一二度会っただけなのに,娘がフルネームでその人の名を呼ぶと,<え!わたしのこと覚えていてくれたんだ!>と感激することしきり。名+顔に加え,こっそり<人となり>も属性として蓄積されているのかもしれませんね。

ただ,記憶力だけに頼っているわけでもなさそうです。ガラケーを持たせていた頃から,娘は携帯のどこかにフルネームをやたらたくさんインプットしてたようなので,このデータ収集癖みたいなものが,その源泉にあるのでしょう。

そして,娘は何の脈絡もなく,突然だれかのフルネームを口に出すことがあります。まるで知らない名のほうが多いのですが,ときには私もよく見知った人の名も。

おおむね<呼び捨て>で氏名だけを発することが多く,現実に本人の前で呼び捨てするのは失礼にあたるので,家内はいつもあわてて<この人は〇〇先生/コーチ,あの人は△△さんと言いなさい>,毎回同じように釘を差すことに。

そう言えば,私は記憶力にはめっぽう自信がないのですが,女子の<名>だけは一回聞いたらめったに忘れない,という特技がありましたか。姓のほうはド忘れしても,なぜか名だけは自然にスラスラ覚えることができるのです。もしかして,それが娘にうつったのかな?

<XXさんですか>と呼ばれ不愉快になる人は,それが全然違った姓名でない限り,めったにいないので,その意味では娘はなんともすばらしいわざを身につけてると言えそうです。これからも出会った人の名をどんどん覚え,その人に再会したらフルネームで呼んであげたらよいですね。<…さん>を忘れずに付けることできれば申しぶんないのですが。

12月21日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 19:40| 周辺 | 更新情報をチェックする

冬至

今年の<冬至>は12/22となります。北半球においては1年のうち日照時間が最も短い,すなわち<夜が一番長い日>となるわけですが,もしかすると私が最も待ち望んでいるのはこの日かもしれません。なぜなら,この日を境に<夜が少しずつ短くなる=昼がその分長くなる>からです。

一方で,あと何日かと気になってしまい,できれば来てほしくないのが<夏至>,その理由は<冬至の逆>ということになります。その背景には,年齢とともに就寝時刻がしだいに早くなってくると,睡眠時間自体はそれほど変わらないので,必然的に朝の目覚めも早くなるということがあります。

N0821.jpg 時計を見て4時前ならもう一度寝なおし,過ぎていたら大体そのまま起床することにしてますが,たとえば同じ4時過ぎであっても,起きた時にあたりが真っくらだと気持ちがややペチャンコになってしまいますが,東の空が明るくなりつつあったり,すでに夜がすっかり明けていると,なにげ元気が出て来るものです。

 また,私はもとから血圧がやや高目なほうで,冬場になるとより高くなる傾向もあってか,本能的に冬場が早くすぎさり暑くなって欲しいという願望が強いのかもしれません。<夜が短くなる→冬が遠のいていく→暑い日がやって来る>という裏返しの願いがおそらくあるのでしょうね。

この冬至の前後から,周囲がそぞろあわただしさを増してくるのは,いつものことですが,私はこの<なにか動いてないと,わけなく落ち着かない>という大衆心理が大好きです。

当たったら何に使おうかと思案するジャンボ宝くじと一緒で,本番までのプロセスこそが最も愉快で楽しい,それが年の瀬というものの本質かもしれません。

12月21日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 13:31| 周辺 | 更新情報をチェックする