2019年01月31日

ぼやき

ときどき息子は家内にぼやくことがあるようです。

『 あのな,おれ,どう説明したらエエのかわからへん。今度入ったパートさんなんやけど,1分が60秒で1時間が60分ってのがようわかっとらんのや。てか,時刻は分かるみたいやけど長さの感覚がまるでダメ。30分以内に片づけてとか言っても,今が11時5分なら30分以内なら11時35分までやろ,でもそれがさっぱり理解でけへんねん… 』

N0846.jpg車に娘を乗せ舞洲のプールへ移動中,息子のほうは帰宅途中で道はいつものように渋滞中,こんなときヒマつぶしによく家内のもとへ電話がかかってくるそうです。もちろんスマホを手に取り耳にあてて通話するのではなく,互いに百均で買ったイアホンをつけてのハンドフリー通話にて。

家内はあわてずさわがず落ち着いて次のようなアドバイスを。

『 例えばいま午後1時としてみ,<3時間たつまでにこの仕事終わらせて>って言わずに<4時までに終わらせよう>って言ってあげたら相手はまちがえへんで 』

時計の針がさす時刻を読めるのであれば,そこまでがどれほど長いか短いかということは分からなくても,4時という刻限だけを示せばすむということ。

かごの屋のクーポン券の期限が今日までなので昼をそこで食べることにしようということになり,そのときそんな笑い話を家内は語ってくれました。

ついでに,その話に乗じて娘のことも。娘に水泳を指導する際,さっきの話のように<4時まで>と一言いえばすむことを,<3時間たつ>というのが大事とばかりそれを何度繰り返しても娘の頭の中に入らないのと同じなんだよな。

自閉の子って,自分が受け入れることができるものは,すぐ受け入れて忘れないんだけど,受付NGのものは絶対入ってこないように自分でガードしちゃんうんだよな。どんな言葉を使ったら受入OKなのか,これを延々とさがし続けるのがわたしに課せられたライフワークかな?,としみじみ。

2019.1.31 どれみ
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2019年01月30日

ならずもの

平日の3時少しまえは,バイトなどの予定がないと,テレビ大阪で再放送される水戸黄門をみるのが最近の日課となりました。連続2話放映されますが,娘を迎えに行く時間の都合で最初の1話だけとなりますが,いま再放送してるのは里見浩太朗さんが黄門役のシリーズ。

N0847.jpg 悪徳商人などがワル奉行とか悪代官なんかとツルんで善男善女をさんざん苦しめ,それを見かねたチーム黄門が最後にならず者どもをこらしめ,<この紋所が目に入らぬか,こちらにおわすおかたをどなたと心える,おそれ多くも…>の決めゼリフに悪者一味がハハーっとひれふす,お定まりのストーリーですが,これがなかなか面白く,つい涙を流してしまうこともたびたび。

 ときに,とんでもないチグハグな駄作もありますが,出来不出来の決め手は,善男善女の役柄にあった存在感,それから悪役の面構えとその所業のあくどさ,ということになりそうです。要するに,ワルのワルらしさ,ゼンはゼンらしく。

されど,こんな<ならず者=ワル>がまったくいなければ,水戸黄門のストーリーはそもそも成り立たないんだろうなと,ふと感じてしまうことも。

人が何人か集まるところには,根っからのワルがいることもあれば,本人の意思とは関係なく無理やりワルにされてしまうことも。ある集団を円滑に運営するには,全員がみな同じ方向を向いてることが理想ですが,多少のストレス要因が必要になることも。

なにもかもがうまくいったら,これは退屈きわまりなく,なにか不安な要素があってこそ,これをなんとかせにゃという自然発生の機運が集団の結束を固くするのも事実。ただ,本格派一匹狼のワルならともかく,そうでないのに勝手にスケープゴートにまつりあげられてしまったら,これは災難。また,加害する側が一転して被害者になったり,その逆も。

この奇妙な集団防衛のメカニズムが,特定者をターゲットにするいじめ,ハラスやヘイトを生みだすもとなのかもしれません。そして,解決の決め手がないのもそのため。おまけに,それを正当化する根拠として,正義,常識,慣行,標準などという,その時々で変化しうるあいまいな物差しが使われてしまうと太刀打ちしようがありません。

おっと,水戸黄門があらぬ方向へ行ってしまいました。

巨悪とか小悪人ちょいワルという言葉はよく耳にしますが,その反対の巨善や小善人ちょいヨシなんてのは聞いたためしがありません。まあ,<悪>という雰囲気にはどこか人を惹きつけてやまない魅力があふれているのに反し,<善>に魅力が乏しいのは明らかだから。

人は相反する矛盾した因子をかねそなえながら生きているのだし,いま現に生きているということ自体,それなりに存在を認められていることに相違ないのだから,なやみすぎてもいけないし,なやみがないのもよくないし,要はクヨクヨしないことが一番なのです。

2019.1.30 ふみよ
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2019年01月29日

こもごも

寒さが増しまだまだ続くこの時期,時おり思い出してしまうのは,ずっと昔に受験生であったころのこと。

試験の前日たまたま宿を同じくし,夕食のときに顔をあわせるや否や,自分の名前は〇〇で仙台のほうからやって来たと,こちらが尋ねるまえに早口で答えてくれた〇〇君。その後,合格発表のときも偶然顔をあわせることに。

N0851.jpg 宿泊した宿は今のホテルなどとは大違い,往時の下宿屋みたいな所で,そんなに広くはない畳部屋で,宿泊者は幾つかのちゃぶ台をはさみ,めいめいあぐらをかいて朝夕の食事を共にすることに。その片すみには,漫画誌や週刊誌が無造作に積まれ,食後にでもどうぞと。

 小心者の私は受験のことが気が気でならず,せっかくの食事もどこに入ったかという状態だったのですが,先に食べ終えた〇〇君のほうを見たら,マンガを読みながらゲラゲラ笑いころげているではありませんか,オレに欠けてるのは,こんな豪胆さと楽観的な男らしさなんだよな,とつくづく思ったことを覚えています。

 試験が終わりしばらくたったあと,私は宇都宮から東北線の各停電車に乗って合格発表を見に行くことに。そして,先に述べたとおり,同じく仙台から結果を見に来た彼とバッタリ出会ったのです。

最初と同じように,自分から先に<おれ,だめだったよ>,私が合格できたことを言いにくそうにしているのを察知した彼は,<そうか,おれもう一度がんばるから,来年またここで会おう>,それを言い残し足早に去っていきました。

彼のことや前日泊まった宿のことなんかはすぐ過去の出来事になってしまいましたが,この季節がおとずれるときに限って思い出すことも何度か。悲喜こもごも,その後の行く末などにも影響を及ぼすこともある意地悪な試練。

〇〇君もその後無事すこやか生きているならば,私と一緒の年齢でどこかにいるはず。おそらく,つぎ会えるとするならば,あそこしかありませんね。

丸こくて人なつっこい顔した好々爺が,すりきれた漫画雑誌なんかを手に取ってギャハハと笑いころげているかも。そのときは,あしたが受験なんてことはないから,お互いの来し方を今度はゆっくり語りあうことができるでしょう。

2019.1.29 ひふみ
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朝日杯

朝日杯といっても競馬のフューチュリティSではなく棋戦のほう。この優勝者決定戦が来月16日にあります。昨年は聡太君が(当時の竜王)羽生さんと(現在の竜王)広瀬さんに連勝,最年少の(全棋士参加の)一般棋戦優勝者となり,これにより6段に昇段したことは,当時大きなニュースとなりました。

前年覇者のため今年は本戦トーナメントにシードされ,そこからのスタートとなりましたが,1/20に稲葉8段と糸谷8段という現A級棋士に連勝してベスト4に勝ち名乗りをあげました。次の準決勝の相手は行方(なめかた)8段,もし勝てば,決勝は渡辺棋王と千田(ちだ)6段いずれか勝者との対戦となります。

この朝日杯は持ち時間が40分でそれを使いきると1分以内に指さなければならない早指し(短時間決着型)の棋戦ですが,思うに,今時点で早指しが最も強い棋士は聡太君ではないかと,なぜなら短時間における読みの深さと正確さはおそらく現棋士の中でも最優位にあると思われるから。

現時点における棋士の強さを最も適確に示す指標は,レーティングかもしれません。(主催者の詳細などは不勉強のため,よくわかりませんが,更新が迅速で細密なデータがその特長です。→ http://kishibetsu.com/ranking2.html

スタート時を1500とし,対戦相手がレーティング上位者であれば,勝利するとポイントが大きく上がる一方,敗戦時はそれほど下がらない。逆に下位者相手に勝ってもポイントはそれほど上がらず,負けると大きく下がってしまう。これを一戦ごとに積み上げた評価値のことです。

現在の首位は,広瀬竜王(1/28時点で1922),以下渡辺棋王(1905),豊島2冠(1876),この次の第4位が聡太君(1869)なのです。第5位以下は,永瀬7段(1856),羽生9段(1839),千田6段(1839),佐藤名人(1813),斎藤王座(1806),糸谷8段(1799)以上がベスト10。これを見ても,聡太君の実力がハンパでないことは明らか。

ただ,公式タイトル戦の予選などでは惜しいところで負けてしまったりすることも多く,まだチャレンジャーになることができませんが,課題といえば,そのあたりでしょうか。

また,ひふみん(加藤一二三さん)は順位戦を全て<1期抜け>で一度も滞ることなくA級棋士へかけあがり<神武以来(このかた)の天才>と称賛されましたが,聡太君にはそのチャンスが残されています。

それには,2/5のC1組の順位戦で近藤誠也5段に絶対に勝たなければなりませんが,現在同クラスの師匠の杉本7段が同じ日に船江6段にもし勝利すれば,師匠と弟子そろってB2組への昇級を果たすことができます。

そうなれば,翌日どこかのワイドショーには師匠がおそらく出演することになりそうですね。すがすがしい好漢杉本師匠の思いきり素晴らしい笑顔は,聡太君の朝日杯連覇への最高のはなむけ,おおいに盛り上がること間違いありません!

(PS) 聡太君には現在あだ名がつけられていません。これからどう化けるか見当もつかないので,あだ名をつけにくいのかな。かって斎藤慎太郎さんが対局の際,実況の聞き手の女流があやまって途中を抜かし<さいたろう>と間違えたことがあり,これが中々おもしろいと評判になり,そうなってしまったことが。さすれば,同じように途中をはぶいて<ふじいた;ふじーた>などとかんでしまったら,<フジータ>が通り名になってしまうかも。これも中々。

2019.1.29 ひふみ
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2019年01月27日

なくてなんくせ

<あのな,水道代がここ最近びしびし上がっとんねん,あふれるくらいバスタブにお湯いっぱいにすんのやめてくれへんかな>,と最近家内から無体な言いがかりをつけられるようになりました。確かに毎日入浴してはいますが,突然入浴スタイルを変えたわけでもなく,いつも通りにしてるのに,今頃何をナンクセつけやがる。

N0848.jpg  <あのな,今じゃ体重差が少なく見ても10キロ近くあるんだから,俺のほうにはかなり余裕があっても,そっちがざぶんと湯につかれば,そらお湯が湯船からザバっとあふれるの当たり前やろ>,と同じように<あのな…>で反論したくなるのですが,これを言ったが最後,三倍返しでなにを言われるかわかりません。

 家では浴室近くに置いた洗濯機にホースをつなぎ,浴槽の余り湯を洗濯用につかっていますが,<あのな,最近湯舟の残り湯を洗濯機がじゅんちょよくすいあげへん。水道代が高くなったのはこのセイなや。そろそろ寿命かもしれへんで>と今度は洗濯機にむかって八つ当たりを。

あの手この手で言いがかりをつけては,ここが悪い,そこも悪い,でも僕ちんなんにも悪くないあるよ,と好き放題言ってくるところは,どこかと同じ。

幼な子にしたい放題わがままを言わせ少しスッキリしたころを見はからい,ビシッとげんこつすればその子は叱られた意味がなんとなくわかり,二度とその悪さをしなくなるものなのですが。おとなの対応もいいんだけど二階から目薬,ヤレヤレこまった,チコちゃんに<ボーっとしてんじゃねー>と叱ってもらったほうが。

我が家は娘が水泳の練習をしたりすることもあって,洗濯量はすこし多めなはず。また,水道代が急激に上がったのは,私の分析では,娘が足のけがでしばらく水泳の練習ができなくなってしまい,それまでならプールから上がったあと必ずシャワーで入浴代わりにしていたのがなくなり,家で入るようになったから。

普通ならそう考えそうなものですが,娘が原因じゃなくて,何がなんでも私のせいと断定するあたりは,ようするに,亭主なんかより子への愛情のほうが海のように広くて大きいという明確なあかしなのかもしれませんね。

1月27日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 19:31| 周辺 | 更新情報をチェックする

2019年01月26日

風船おじさん

ずっと前に<風船おじさん>が茶の間をにぎわせた時期がありました。今の家に引っ越す前だったと思います。

<行ってきまーす>と元気よく別れの声を残し,<ヘリウム風船で浮かせたあとは風まかせで運航するファンタジー号>に乗ったおじさんが飛び立ったという,テレビに映し出された奇っ怪な映像はそれなりの衝撃が。

私はそれを見た瞬間,<なんと軽薄なやつ,すぐどこかに落っこちて,ションボリまいもどってくるだろう>,とタカをくくっていましたが,琵琶湖畔から旅立ったその翌々日,金華山沖800キロあたりを飛行してるとのニュースにはさすがにビックリ。あんなのでよく飛べたもんだと。されど,私が風船おじさんについて知っていたのはそこまで。

実際には,その日をを最後に風船おじさんは消息不明となってしまい,日が経つにつれその動向を耳にすることもなくなってしまったようです。軽装備のように見えても,風船おじさんはかなり周到な準備をしており,目指す米国に至るまでの風の流れなどの事前研究や,高度に応じて必要不可欠な耐寒具や酸素ボンベ等の装備なども怠らなかったとか。

風船おじさん,そもそものなりわいはピアノの調律師。その後あれこれ商売に手を広げては全部失敗,大きな借財をかかえてしまい,その借金を返すための大バクチが,ヘリウム風船に乗って太平洋横断を成功させ,スポンサーからガッポリ稼ぎ一発逆転をもくろんだそうです。

最後の通信が確認される前にSOSを発したらしく,救助に向かった飛行機がどうするのかを確認したところ,<やはり俺は行く>との決意を改めて示したので,そこで救助の目が完全に途絶えてしまったらしい。

結果としては,なんともお粗末な三文芝居だったとはいえ,ある程度の備えはしていたものの,ほとんど身一つで何も自分を防護するものとてなく,高度数千メートルの凍てつく空中をただ独り浮遊するには,命懸けの覚悟と想像を絶する勇気を要したはず。

ファンタジー号が消息を絶ったのは,92年の11月25日。この日付を見て,もしやと思い確認してみたら,作家の三島由紀夫さんが自衛隊の市ヶ谷駐屯地で隊員を前に演説をしたあと割腹自殺をはかったのは,その22年前の11月25日,奇しくも月日がぴたりと合っていました。

三島さんを比較の俎上にあげること自体ナンセンスきわまりなく,はなはだ失礼なことになってしまいますが,事象だけを見る限りにおいて,風船に乗った太平洋横断も割腹自殺も,いずれも常人では絶対になしえぬこと。そして,そこに共通するのは,決行に至る覚悟と勇気。

そこだけは認めてあげても構わないような気もします。
もしや,風の流れが激変し,どこか遠くの無人の小島に漂着し今でも一人生き長らえているかもしれませんし。

1月26日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 19:41| 諸々 | 更新情報をチェックする

2019年01月25日

ねられない

明日は早出しなければならない,会議でプレゼンがあったり大事な商談がある,なのでよく眠っておかねば。そんなときに限って,妙に目が冴えてしまい眠れなくなってしまう,そしてよく眠れないまま一夜が明け,次の日がことさらつらかった,こんな経験はだれもが何度もしてるはず。

また,もうひとつナンギなのは,床につく時間が早すぎたため,草木も眠る丑三つ時とか夜明けはるか前なんかに目がさめてしまうこと。寝なおすことができればよいのですが,そうでなければ何かして時間をつぶさねばならず,これがあとあと結構こたえてきたり。

されど,好きな人とか年来の友人,久しぶりに里帰りした子などと一緒に過ごすときは,眠ってなんかいられるかい,時間がたつのがもったいない,時間が無限にあったならと感じることも,そんなに多くはないかもしれませんが,これも同じようにあるはずです。

前二者が<ねたいのにねれない>であれば,後者は<楽しくてねれない>,一字異なるだけで,じつは大違い。

N0844.jpgとても大きな月だから うみのさかなは ねられない …… こんな詞ではじまるうたを娘がユーチューブでききはじめるようになったのは去年くらいからでしょうか。

娘はEテレ大すき女子ゆえ,部屋のTVチャネルはEテレ以外にかえることは絶対にないので,おそらくその歌番組のなかできいたことのある一曲なのでしょう。以前から私も妙に気になっていました。

ただ,どうききなおしても,こども向けのうたにしては。正統派クラシック調の朗々とした歌声で,おまけにややしずんだ曲調,それに詞もむつかしすぎやしないか,でも,どこか強くひきつけられてしまうそんな不思議なうた。

大きな月が出ているので<ねられない>のは,海の魚,船の水夫,山の小鳥,部屋の坊や,そして眠れぬ代償として,それぞれの仕草が綴られています。水夫はどこかの港でききおぼえた歌をうたい,坊やは独りで人形に語りかけ,と。これはずいぶん前につくられたもので,(故)フランク永井さんも歌っていたようです。

仕事の都合などで愛する妻子と離ればなれの生活をしいられるお父さんのさびしい想いのこもったうたなのかもしれないと最初は思っていましたが,中空に浮かんだ大きな月を見ているうちに,それぞれの感懐でなにかせずにはいられなくなる<ひかえめで静かなよろこびのうた>ととれなくもないかと考え直すことに。

◆ 娘が熱心にきいているのはこちら
◆ 私はおねえさんの弾き語りのほうで

1月25日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 19:33| 周辺 | 更新情報をチェックする

るすがええ

<亭主元気で留守がいい>は,皮肉な真実を適確に言いあらわした言葉ですが,いつ頃この名言ができたのか改めて調べてみると,これは<タンスにゴン>というキンチョ−の防虫剤CMのキャッチコピーであり,すでに30年をゆうに超える月日が流れていました。N0843.jpg

毎日深夜帰宅なのでフロかメシだけ世話すりゃ済む,うまくいけばそのまま寝るだけ,タンフー(単身赴任)族なら世話焼き全く不要,たまに舞い戻ってきた時だけ精一杯のおもてなしを。稼ぎの中からちょいと決まった小遣い渡しておけばあとはこっちの好き放題。これぞ亭主が最も輝きをはなつ姿に相違なし,という逆説的な持ちあげかた。

なので,あんたが何しようと全然かめへんで,という寛恕の心も。

ただ,この箴言が通用したのは,このCMが流れていた頃からしばらくの間だったのかもしれません。おおざっぱにいえば,当時は専業主婦世帯と共働き世帯の割合が約2:1と専業主婦の方が断然多かったからです。子育てなんかがある程度片付いたときなどの<皆が感じている切なる本音>だったので,大いに共感を呼んだのでしょう。

そして間もなく,この比率は,共働き:専業=おおよそ10:7(か6か5)ぐらいに逆転してしまうと,元気で留守がいい,は通用しなくなってしまい,<亭主元気に家事もしろ>,がごく当たり前のことに。

就業構造や所得環境の変化,あるいは人口ピラミッドの歪み(少子化や老齢人口の膨張)に起因するものといってしまえばそれまでですが,またそれがごく当然のことのように受けとられてしまいがちですが,

単純に皆が幸せになれるのは,働き手の所得がぐいぐい上がっていくこと+それを<実感>できること。
そうなれば,消費も自然と活発になり企業活動もフル回転,税収も上り不自然なとってつけたような増税なんかもいらないはずなのに。企業も内部留保にせっせとはげむよりかは,従業員に労働配分を増やしてあげたら,まわりまわって自分のところに帰ってくるのにな。

ところで,<亭主元気で留守がいい>というユートピアは,<亭主>の部分を<女房>に代えると案外ドンピシャ当てはまることもありそうな気がします。家内なんかを見ていると,今の介護デイサービスのパートがよほど楽しいのか,仕事のある日は生きいきハツラツとしています。

そして,私のほうも<週3日,往復を入れると1日あたり5時間前後>家内が留守をしてくれると,この時間帯はなぜかホッと一息いれることができるし,何があるわけでもありませんが,妙にワクワクしてしまうのです。なんとなく,亭主が留守の間に感じる<女房の楽しみ>がわかったような気がしてきました。

1月25日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 13:33| 周辺 | 更新情報をチェックする

2019年01月24日

チャイム

いつものように2階のベランダでタバコを喫っているときなど,時間が合うと近くの小学校からチャイムがのどかに流れてくるのを耳にすることがあります。

N0845.jpg授業の始まりないしは終わりを告げるこの合図には,なんとも独特の雰囲気があり,やっと終わったという安堵感やこれから始まるんだという緊張感のようなものを感じてしまい,往時をなつかしく思い出すこともしばしば。

そのころのチャイムも今と同じだったかどうか,記憶が定かではありませんが,なぜか背筋がややピンとしてしまうのは,そのとき身についた条件反射の名残りなのかもしれません。

勉強嫌いであった息子なんかは,おそらく授業の終了を告げるほうのチャイムを心待ちにしてたのでしょうね。私も似たようなもので,終業まぎわを狙ったようにややこしい質問を教師に発する奴こそ,まさに<天敵>,バッカやろー,休み時間が短くなるじゃねえかと。

人は,どこかに<区切り>があることで,あるいは自らそれを設けることで,そこまでは苦しくても頑張ろう,そこから気分を新たにやり直そうという気になれるのでしょう。大きな区切り,小さな区切り,大小にかかわらず,区切りとは<休息ないしは行動の起点>のことでもあり,生きる上では欠かせないもの。

◆ ウェストミンスターの鐘 https://www.youtube.com/watch?v=Bhg7FcMjDsM

1月24日 ひふみ
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2019年01月23日

ランプ

<シナチク?,えッとー,メンマのことだよね>と反応する子はいても,<シナソバ>といわれたら,はぁ〜なにそれ?,と首をかしげられてしまいます。シナチク=メンマとは,竹の子を発酵させ味付けしたもので,ラーメンの具などには欠かせないものです。

N0842.JPGそう,シナソバとはラーメンのこと。ラーメンを食する人がごく少なかったころ,和そばとは違った黄いろのメンをシナソバと呼んで区別していたようですが,私がまだ小さかったときでも,すでにラーメンという言葉は市民権を得て(十分に浸透して)いました。シナチクが二,三本,ナルトが一切れ,そして焼きノリを一枚。

なので,親が時おりシナソバという単語を出したりすると,それがラーメンを指すものと薄々わかっていながらも,なんだか古くせ〜なと感じたものです。ただ,シナソバはどこか響きがよいので,今でも好きな言葉です。

また,シナソバが出てくると,ついでに思い出すのは,テイシャバ。このシャバとは,<娑婆>と書いて高い塀で囲まれた中で暮らす囚人にとって外の自由な世界,のことではありません。文字どおり停車場のこと。

はるか彼方の仙台,盛岡,青森に行くのも,近くの鹿沼や上野に向かうのも,型式が様々な蒸気機関車が何両かの客車を引っ張り,乗客が思いおもい乗り降りする場,これはやはり<ていしゃば>以外だと,どこか居心地が悪い。

おまけで,ランプ,も出しておこう。会社帰りにおそくまで飲んでいたり,また時々深夜勤務などで終電の時刻を過ぎてしまったときは,何人かでタクシーに乗りあわせたことも。

当時は免許もなく道路事情にも詳しくなかったので,道案内はもっぱら後輩まかせだったのですが,ラジオで流れる混み具合や事故情報,あるいは運転手さんが,<玉手ランプあたりを,なんじゃらかんじゃら>とよく耳にしたものです。

昔の高速は道中そんなに明るいわけではなく,料金所やインターなどが近づくにつれて明かりの数が増してくる,ゆえに,ランプが多くなるからランプって呼ぶんだな,などと勝手に思っていましたが,さにあらず。

高速などが立体交差するインターチェンジで勾配をつけた連絡路のことをランプと称するのです。照明のランプは Lamp,連絡路のランプは Ramp,スペルも発音も違ってる。なお,このインターも今ではジャンクションという味気ない呼び名に統一されることに。でも,ランプって,なにげ風情があったよな。

こんなふうに文化的には,すっかり<原始人>の部類になってしまったので,石を打って火を起こしたり,大きな獣を知恵をしぼりあってしとめていた頃のことばかり,ふむふむ昔はかくありき,と回想することばかり増えてしまったようです。

されど,有史最強の人とは,もしかして原始人を指しているのかもしれませんね。

1月23日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 19:26| 周辺 | 更新情報をチェックする