2018年03月22日

いばしょ

どうですか? いけそうですか?
と不安そうにたずねる家内に,相手は<う〜ん>と考え込んでしまう。

されど,それは,いつもの<婉曲な拒否のポーズ>にほかなりません。娘の就学前後でしょうか,何かできることは?とさがしまわったことの一つが,以前の住まいの近くを流れる川沿いにあったスイミング・スクールでの水泳。

皆をそろって平均的に向上させなければならない(定められた成果を出さねばならぬ)のが,<スクール>という名がついたものの宿命。それゆえ,<例外>という厄介で足手まといな個性は,できれば回避したい存在ということに。

母親の直感で,もしかするとこの子は水泳に向いているのかもしれない,と感じとっていたのかもしれず,結果はおのずとしれたことと分かっていながらも,それでも,いちるの淡い望みを。
が,やっぱりNGかという冷たい表明に相当しょげかえったに違いない。

そんなこともあってか,水と親しむ機会に恵まれなかったので,娘の<水ぎらい>は小学生の間ほとんど治らぬことに。自分でシャンプーできないから,家内は<あかちゃんだっこ洗い>の苦行を強いられますが,どんどん重たくなっていく娘を支えきれず,とうとうネをあげてしまったのは必然の成り行き。

こんなことをいつまでも続けておられん,水ぎらいを直さねば。そのためには近くにある福祉センターのプールに連れていって水に親しまそう。こんなたわいのない,マンガみたいな動機がもとで,娘の水泳ライフがはじまったのです。

しかるに,娘と水泳をつないでくれる<運命の赤い糸>は,素晴らしい人たちに出会え,また良い機会などに恵まれたこともあり,意外にしぶとく切れそうで切れることなく,はたちという超遅まきのスタートながらも,今やツナのようにずぶとくなってしまいました。

娘の自閉の特性とは,先々何かすることがキッチリ存在しなければならならず,同時にその定着したスケジュールは寸分の狂いもなく予定通りに行われなければならないこと。要するに,<自分の居場所>がいくつもあって,そこでの行動を粛々と進められること。

娘にとっての水泳とは,きれいなフォームで泳いでタイムを縮めることなんかではなく,壮大なスケジュールのワンオブゼムにすぎないのかもしれません。なので,長時間練習する苦しさに比べたら,スケジュールという自分の居場所が,ある日突然なくなってしまうことほうが痛手になってしまうのです。

でも,わかりにくいですね。ただ,それが娘の,<ひととなり>

家内によれば,今年もまた知水連の指定選手に選ばれる予定とか。
しゃあないな。もう一年,娘につきあわなければならんな。けど貧乏所帯で,支援などどこからもあれへんし。ゆえに自弁であちこち遠征するのは相当キツイんだけど,かわいい<姫>のため,とあらば……

3月22日 どれみ
posted by Don and Mama Mind at 11:53| 競泳コラム | 更新情報をチェックする