2018年03月26日

やれほんにさ

私は所帯を持ってから3年だけ,ひとり暮らしをしいられたことがありました。妻子にアイソつかされたわけではなく,家内と娘がそろって水泳修行のため横浜のはずれに去ってしまい,同じころ息子も社会人になって独り立ちしたため。
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ただ,月に一度だけなら<帰省=オッカアに会いに行ってもかめへんで>,という往復交通費が支給される会社の温情もあったし,また何かにかこつけて東京方面への出張なども無理やり画策してたので,長時間独りぼっちというわけではなかったのです。

片道約8時間かけて軽のワゴンRを運転したり,新幹線などで往復していました。だいたい向こうで一泊か二泊するのですが,往路のときはうれしく,復路は無論さびしく。

復路を一人で運転してたときなど,よく頭にうかんできたメロディーが,戦前の唄でもある<波浮(はぶ)の港>
歌詞はおおむね覚えていますが,その一節に,<島の娘たちゃ 出船のときにゃ 船のとも綱 ヤレホンニサ 泣いてとく>,このくだりが妙に心にしみて。

とも綱を解く船とは,滅多に来ることのない本土からの観光船,これから漁に出かける船かもしれません。
船を見送ることは滅多にありませんが,その姿が視界から見えなくなるまでに時間を要する分,さびしさと涙が,より多くつのってくるのでしょう。

家内のことは,大阪弁でまくしたてるガラわりいナニワの極道主婦のごとく仕立てあげていますが,これはウソ。実は涙もろく,困ってる人を見たら助けずにはおられない,しんから優しいヨメなのです。

短い滞在のあと,私の荷物の一部を駐車場まで運んでくれて,いざ出発というとき,家内が島の娘のようにウルウルしていたかどうか,思い出してみましたが,,やはりそれはあり得んか…

老若にかかわらず。女子には自分だけの<少女の領域>が備わっているようですが,それを無理に引っ張り出す必要はありません。その秘めた花園は枯れることがなく,思わぬとき不意に,ほおに紅がさすことも。そこが女子の可愛さの原点なんだろな。

(PS)作詞の野口雨情さんは現地へ訪れることなくこの詞を書きあげたとか。そのため,何点か矛盾を指摘されているようです。<ヤレホンニサ>,という掛け声は,たとえてみれば,<そだねー>,みたいなニュアンスでしょうか。


3月26日 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 11:47| 周辺 | 更新情報をチェックする