2020年09月18日

フローチャート

たとえば,所属タレント300人の中から,とあるプロダクションから依頼のあった役柄にあう若い女子を何人か選びなさい,こんなミッションがあれば,まず,性別が女子であること,年齢は30歳未満で,キャラが役柄に合うかどうかキャリアや特性などを判定の上,候補者を選ぶことになります。

有能なディレクターであれば,たちどころに数名の候補が浮かび上がってきます。それはタレントの特質がきちんと頭の中に入っているからにほかなりません。

N0948.JPGなので,そうでない人なら,必要な条件を順を追って判定することになります。分岐@<性別が女子かどうか>,該当すれば次へ,しなければ処理終了,分岐A<年齢が30歳未満かどうか>,該当すれば次へ,しなければ処理終了,分岐B<指定された役柄に適合するかどうか>,該当すれば次へ,しなければ処理終了。

かくして,候補者が出そろい該当者が30人いたとすると,次はふるいにかけるため,たとえば可愛さ度合とか好感度指数みたいなデータをもとにソート(並べかえ)を行い,上位者を選定するはこびとなります。

このような分岐点とその条件,並べかえなどの処理手順を図表であらわしたものが,フローチャート。システムや事務手順を作ったりする際には,必要となりますが,特にフローという図表を用いなくても構いません。要は手順にもれがなく誰にもわかりやすい簡潔な方式が整然と示されたらすむ話。

ただ,設計する人が超ヘボ,どヘタで,分岐がおかしかったり処理の条件があいまいだったりすると,たちまちソゴをきたしてしまいます。とくに時間の余裕がなく分析,調査がいいかげんで不十分だったりすると,実際に始まるやいなや,おかしな所が出るわ出るわの大騒ぎ。あちこちから誰がこんなお粗末な仕組みを考えたんだよと苦情の山が。

結局,今しばらくお待ちを,されど再開したらまたダメの悪循環,ITの弱さをすっかり露呈することになり,我が国がこれほどまでにデジタル貧者であったのかということを改めて痛感させられる羽目に。

さすれば,自分に割りふられたこと以外に手を出すのはご法度という構造的な欠陥をぶっこわし,貧弱なIT環境を是正すべく新省庁を設置するという<志>はきわめて立派なこと。ただ,船頭ばかりが多すぎて,船がまるで動かなかったり,どこに進むのかさっぱりわからない,過去に幾度もくりかえされた轍(てつ)だけは踏まぬよう祈るばかりです。

2020.9.18 ひふみ
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2020年09月13日

胡麻

手間もかからず元手もいらず,すればこの世に春が来る。
何を<すれば>,それは<ゴマをすること>,そんな歌をヒットさせたのはハナ肇とクレージーキャッツでメインボーカルは植木等さん。

N0944.jpg 作詞を手がけたのは,のちに東京都知事に転身することになる青島幸男さん。
ゴマをするとは,自分より上位者に,心にもない世辞をいったり,ご機嫌とったり,さんざん持ち上げ,自分の印象をよくするためあの手この手を駆使すること。

 ゴマをすり鉢ですりつぶすとき,飛び散るゴマがあっちこっちに引っ付くさま。あるいは,言葉たくみに何とか買ってもらおうとする商人の揉み手がゴマをするしぐさによく似てる,そんなところに由来するらしい。

 青島さんが詞に込めた意図はつぎの通りでしょうか?

『 サラリーマン,役人,商売人,政治家や芸人の世界など,人が集まり何らかのコミュニティが形成されると,その組織を動かす原動力は,いつの間にか理でも知でも正義や良心でもなくなってしまうんだ。

むしろ,嫉妬や好き嫌いといった,実につまらん情念で動いているんだよ。それらしい理屈なんか後からなんぼでもつけられる。情に訴える最も効果的な方法とは何だろう。それは,相手を最大限に持ち上げることさ。

俺たちだって,だれかに取り入ろうとするとき,無意識に両手をすりすり,ゴマスリのポーズを取っているじゃないか。

なりふり構わずほめちぎれば,言われたほうはウソとわかっていても悪い気はしないよな。逆に何だかうれしくなって,いつも持ち上げてくれる人こそ<うい奴>,次のポストが空いたら<そなたに進ぜよう>となるんだな。これが世の中を動かす仕組みなんだよ。理不尽きわまりないことだけど 』

ところで,忖度という言葉がだいぶ前からはやっています。忖度とは<他人の気持ちを推しはかること>,本来は日本人の美質を表す言葉。こんな清楚な単語を引っ張り出すとは無礼きわまりなし。単刀直入に<ゴマすり>と言えばすむことなのに。

青島さんは,このような密室で行われていた悪しき慣例の数々が,まさか一気に暴露され大騒ぎになってしまうことまでは,さすがに予測していなかったのでしょうね。

◆ ゴマスリ行進曲/ハイそれまでヨ

2020.9.13 ひふみ
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2020年09月10日

右か左か

長らく紙に印刷された漫画本を読んだことがないので,すっかり忘れてしまいましたが,紙媒体で発行されている漫画週刊誌や単行本などは<左とじ>,<右とじ>どっちだったかなという疑問がふつふつと。

N0946.jpg<左とじ>とは本に向かって左側がとじられた状態を指します。単純に縦書きは右とじ,横書きは左とじという原則だそうですが,日本語は縦書きという歴史があるので,発行される小説などの単行本,週刊文春や新潮などはそれにならって縦書きで右とじとなっています。

漫画も同様に右とじで右上から左下へとコマが進んでいきます。よくよく思い起こせば,やはり右とじだったんだということには納得するものの,世のビジネス文書や公文書がそうであるように,左とじで左上から右下へ流すほうが目の構造上,絶対読みやすいと思うのに,なぜそうならないのでしょうか。

そもそも教科書なんかは,国語以外は数学や理社など全部左とじの横書きを採用しているのにな。国語も横書きにした方が絶対に読みやすいはず。さすがに漢文だけはレ点や一二点の関係で不適ですが,古文も横書きならそれなりに違った情緒も出てくるのでは。

物心がつくと多少の例外があるとしても,ごく自然に漫画を読み始めますが,<右とじで右上から左下>が当たり前で,それに慣れ親しんでしまうので,今更変えたくても変えようがないといったところでしょうか。

日本語で使われる漢字と仮名は構造的に上から下へ書くように作られているので,日本人のDNAも,それに合わせてできあがっているのかもしれませんね。手書きの流麗な文字がすらりと連なる手紙や葉書を見たら,誰でも心が洗われます。それは,絵から飛びぬけたような美形の人を見たとき感じる<ときめき>と同じこと。

(PS) たしか,外国の漫画,たとえばスヌーピーやCブラウンなどが出てくるピーナツブックなんかは,もとのセリフはメリケン語ゆえ,左とじで左上から右下へコマが進んでいましたね。じゃっどん,漫画の面白さって,右か左かという形式なんかじゃ,これっぽちも損なわれないというのは,不滅の真実であるようです,よかよか。

2020.9.10 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 06:51| 諸々 | 更新情報をチェックする

2020年09月06日

小さな目

小さな目とは,子供の目のこと。その小さな目に,大人たちは一体どのように映っているのだろうか。そんな視点で制作されたテレビドラマが,ずっと大昔に1年半近く放映されていました。この<小さな目>とは,ある全国紙の社会面に同名の子供用投稿欄があり,それをそのままタイトルにしたようです。

N0943.jpg 子供たちの曇っていない目だからこそ見えてくる,子供には理解不能なこと,理不尽な慣習,なぜ大人たちはこんなつまらないことに苦労してるんだろうかといった,ごく当たり前の疑問を投げかける内容だったのですが,残念ながら放送された内容はカケラも覚えていません。

 その当時,子供と呼ばれる世代は今ほどの学力はなかったものの,反面ヒネた可愛げない子はそんなに多くなく,どちらかといえばガキっぽく素直であったような気がします。

 テレビで見るのは漫画や冒険物だけで,新聞はテレビの番組表かスポーツ欄しか見ない。そして,耳に入ってくるのは親の世間話とか,兄や姉や教師,あるいは町の物知りが教えてくれるだいぶ前の世の出来事ぐらい。要するに,ほぼ全員が情報オンチということ。

なので,<小さな目>に投稿してくる子は,おそらく裕福で育ちの良い,教育熱心な家庭の子息,令嬢だったのでしょう。それゆえ,優等生っぽい投稿,要するにそんなに面白くない意見が多かったはず。それでも,テレビで1年半続いたということは,そこそこ面白かったのかもしれません。

そして時はどんどんすぎてゆき,近頃のガキんちょ,とか若造って,いったい何をしでかすやら,何考えているのかサッパリわからんという世の中になってしまいました。

さすれば,逆に<大きな目>というタイトルで,異星人みたいな青少年の群れって,はたして大人たちの目にどう映っているのか,そこにフォーカスして番組を作ったら,案外面白いコンテンツができあがるかもしれませんね。

2020.9.6 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 06:36| 諸々 | 更新情報をチェックする

2020年08月26日

天使のらくがき

赤塚不二夫さんの<おそ松くん>に出てくる,シェーとザンスでよく知られるイヤミ君は,フランスかぶれで<おフランスでは〜>が口ぐせ。

N0938.JPGこの漫画が始まったころは1ドル360円の固定相場の時代で,高度成長の真っただ中とはいえ,庶民にとって海外旅行なんぞは高嶺の花にて見果てぬ夢。そして欧米各国の外国人はとにかく恰幅がいいし彫りの深い顔してる。おまけに,みな裕福で優雅にお茶をたのしみ,毎日おいしいものを食ってる,あらかたの人は,そんな幻想を本気でいだいていました。

そんな外国かぶれしてる人たちへのキツーい皮肉をこめて,赤塚さんはイヤミ君という嫌われキャラを登場させたのかどうか,それはよくわかりません。ただ,外国はどこがイイ?,と問われれば,当時の私ならイの一番に<おフランス>と答えたことでしょう。

大学受験の必要書類には,志望学部のほかに第2外国語の希望を書く欄があり,仏語→独語の順に書いたはず。われらが世代は妙に欧米人コンプレックスを持つ人もあまた。そして,大和なでしこには見ることのできない色した髪や瞳をもつフランス女子に,とりわけあこがれる男子は多かった気もします。

歳をくってくると,まだ青二才であったころに親しんだ歌がヒョいと思い浮かんで頭から離れなくなり,いつ頃だれが歌ってたか妙に気になってしまい,慢性的にヒマゆえ結論にたどり着くまで追求してしまうことに。

これを歌ってたのは,まぎれもなくフランス女子。歌手は忘れたけど曲名のあたまに「天使の」がついてたはず。ユー・チューブで探したら,これはあっさり正解をゲットできました。ダニエル・ビダルさんが一生懸命歌う<天使のらくがき>でした。

◆ダニエル・ビダル もう少し年長とイメージしていましたが,まだあどけない少女だったんだ。 
◆エディタ・ピエーハ 元はロシア(当時はソ連)の歌。マイムマイム・レッセッセみたいで。
https://www.youtube.com/watch?v=DYChcUNYy7U

2020.8.26 ひふみ
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2020年07月28日

トンデヒニール

透明のガラス戸が自動ドアだろうと勘違いして,オデコや顔面を思いっ切りゴツンと痛打した人は案外多いのでは。それと同じように,夏がくるたび我が家の2階のガラス窓めがけて猛烈なスピードで体当たりした結果,その衝撃により激突死するカナブンが必ず数匹は発生します。

N0931.JPG カナブン君は昆虫なので,明るい所が大好き。2階の部屋の電気がつけっぱなしで煌煌としていたら,それにつられそこめがけて突進してくるのは本能的な性(さが)ゆえ,まさか固いガラス窓が灯りの前をガードしてるなど考えもしないので,ブーン,ガッツン,,いててと思う間もなく絶命してしまうことも。

 幼いころに見た時代劇とかアクション系ドラマなんかでは,大勢の子分に囲まれた悪玉の親分が,単騎乗り込んできたヒーローに向かって,<飛んで火に入(い)る夏の虫とはお前のことだな>,とうそぶくのが定番のセリフ。

松明やろうそくなどに近づけばアっという間に,その炎に焼かれてしまう夏の虫と同じこと,身の程知らずの奴だ,という気持ちをたとえたというわけ。

どこかの首長さんが最初に,<夜の街の人>,とカテゴライズした背景には,悪玉の親分がトンデヒニールとなぞらえたのと同じような気分があったのでしょうね。

飛んで火にいる夏の虫,とは,飛んでカネ落とす本能的でいやしき人,その悲しき性につけこんで稼ぎまくる必要悪玉菌,そんなさげすみの上から目線の言葉づかいにほかなりません。

さらに理解に苦しむのは,メディアもそれにつられ一様に面白おかしく引用してること。使っちゃいけない言葉に対しては必要以上に細かく敏感なはずの連中にしては,少々無神経すぎやしませんか。

2020.7.28 ふみよ
posted by Don and Mama Mind at 06:21| 諸々 | 更新情報をチェックする

2020年07月23日

究極の選択

いっとき<究極の選択>という趣味が悪いとしか思えない<あそび>がはやっていたことが。例えば,ねばねばした食べ物が生理的にダメという人に,<納豆とオクラ,どちらかを選んで食べなさい>,といった選択を迫るがごとき。

N0929.jpgこれから経済を救うためには人の移動が必須,ある程度の拡大は覚悟しつつ最大の防御をしたうえで,さあ動いてくださいな,との掛け声が自然発生した経緯は,思えばごく自然な成り行きでした。

国民の前向きな自粛のおかげで,感染がいったんやんだかに思えたさなかには,確かにそんな風が吹いていました。されど,しばらくすると,首都を中心にガツンと増えだしてくると,これは想定内とやせ我慢できた人にも,さすがに動揺が走ってきます。覚悟はしていたもののこのまま増え続けたらどうなるんだろう,と。

人が動けば確実に感染を広げる,されど移動がなければ経済は破綻する,という二律背反のことが同時に動くことに慣れている人などいるはずがない。<経済と命どちらをとるんですか>,これこそが,今現実に全員に突きつけられた<究極の選択>なのかもしれません。

今後の推移は予測不可能ですが,いずれ,そのどちらかが我慢できずに,ねを上げて助けてくれと叫ぶはず。そのときの雰囲気によって潮目が変わっていくような気もします。

私についていえば,電車に乗って出社するというルーチンはずっと前に卒業しているので,生活面では気楽な身の上といえなくもありませんが,高齢で喫煙習慣あり,おまけに(服薬で下がっているとはいえ)基礎疾患もち,いわゆる重症のハイリスク集団の一人でもあるのです。

なので,やはり不安をぬぐい去ることはできません。まんいち感染してしまっても,どのような医師がいかなる処方をしてくれるのか,それはその時の運に任せるしかない,というのが唯一のまぎれもない解答と言えそうです。

(PS) 各地で最大数の記録が塗りかえられていますが,まだ序章にすぎないのかもしれません。今のうちに医療スキームをハード面と運用面の双方で拡充しておくことが,最重要のミッションではないかと思うのですが。

2020.7.23 ひふみ
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2020年06月16日

うんぽころこ

好き嫌いは誰にでもある感情ですが,自分でそのわけを解きあかすのは案外むずかしいこと。かくかくしかじか,こんなわけで,これが好き/嫌いと自己分析する人を見かけますが,冷静な第三者である他人に,その理由はおかしい,そうじゃないだろうとたやすく看破されてしまうことも。

N0920.JPG おまけに,好き嫌いは時がたつと変わってくることもあり,死ぬほどヤだったことが嘘みたいに好きになったり,その逆もしかり。

 学生時代に聴き始めいっとき夢中になっていたジャズも,社会人になって所帯を持ってあわただしくしている内,しだいに疎遠になってしまいました。

 されど,会社勤めを終えてしばらくすると,かってあれほど恋こがれて欲しいと願っていた<自由な時間>なるものがあふれ,あり余るほどに。

 何しよか。目がほどよく弱くなってきたので,むずい本を読んだり長時間映像を眺めるのはしんどいこと。ほなら,音楽にしよ。やっぱジャズだな。

バド・パウエルはどこかとっつきにくいこともあり,ずっと敬遠していたのですが,じっくり聴いていると,どの作品もエンディング部分に惹かれてしまう自分を発見できました。何かやり残したのではとクヨクヨ悩んでいるような,心残りな感じが妙に心をつかむのです。

バドは精神を病んでいたこともあり,好不調の差が大きいと評されていましたが,どうやって終わったら格好いいかを常に考えていたのかもしれません。寂しがり屋だったのかもしれません。

右横顔を大きく写したモノクロ写真のジャケットの<The Amazing Bud Powell VOL.1>には<ウンポコロコ>が続けて三つ収録されています。どれも出だしから最後に至るまではほぼ一緒。しかるに,テイクを重ねていくうちに,あいそなかったエンディング部分が徐々に修正されていくところが面白い。

ウン・ポコ・ロコ(un poco loco)とはスペイン語で<ちょっとおかしな;なにげ変ちくりん>の意。

2020.6.16 ひふみ
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2020年05月13日

スカッとさわやか

大阪の吉村さんの評判がうなぎのぼり。
若くて見た目がいいし,アホまるだしの奴らに対しては容赦なくダメ出ししてやっつけてくれるし,かといって批判ばかりではなく,優秀なブレーンと一緒に斬新で具体的なアイデアを出しまくり,おまけに言うこと全部に一点のかげり,よどみがない。なので,ワシらワテらあんたについて行きまっせとなるのでしょう。

N0908.jpg このての話が出てくるたんびに家内と一緒になって,

 こんなときってヤッパ若くないとアカンよな。それに,捨て身で(自分には)何も望まず,困っている人がいたら助けずにはいられないという本来の任侠の心が人を惹きつけるんや。もうろくしてやる気もなければ,ひとごとのようにニュース原稿読むアナウンサーと変わらぬどこぞの知事とはえらい違いやで。

 今の時点においては,何が正しく,どこが悪かったのかという総括はできませんが,ただ一つハッキリ見えてきたのは,リーダーとはこうあるべきだよね,ということ。

消去法でしかたなく生きながらえただけの<張り子の虎>に必要以上におそれをなし,持ち上げざるをえなかった取り巻きの面々,こんな奴らに命を託すわけにはいかねえよ,という捨てぜりふだけでなく,もしかするとまことの志士にようやくめぐりあえるかもしれないという希望は,ささやかな収穫かもしれません。

2020.5.13 ひふみ
posted by Don and Mama Mind at 06:56| 諸々 | 更新情報をチェックする

2020年05月06日

ぼくらのおしごと

パスポートの更新をしたときのこと。ずいぶん待たされたあと,やっと自分の名が呼ばれ,窓口へおもむいたら,男子の係員から『 申請書類の記入した内容に不備がありまっせ 』と思いもよらぬ指摘を受けてしまいました。

その係員は, 更新時に必要な戸籍謄本か本人確認書類の免許証に記録された私の名の一部が違っていると言い出したのです。私はあきれはて,<これってオレがふだんから書いてる字だぞ。今まで誰からもそんなこと言われたことなんかないぞ>と抗弁したのですが,

N0910.jpg『 ちゃいまんねん。あのな,あんたの名前に弓偏(ゆみへん)が使われてるやろ,その書き出しは,カタカナの<コ>にせなあきまへんで。あんたの書いたのは,コ,じゃなくて,ユ,になっとるやないか。もう一度この書類を書きなおしてくれまっか 』,と主張して応じる気配がありません。

そのため,申請書類を書き直すことにして,その場は引きさがったのですが,家にもどった後,家内にそのことをぶつくさ言ったはずです。

そもそも漢字の書き方じたい,どうしてもそう書かなくてはならない,という厳しい掟はなく,だいたいそれらしい形をしていれば,あとは人それぞれの好みに応じて書いても全然かまわないはず。それが漢字の魅力でもあり。

たとえば,川,なら真っすぐ三本並べてあればそれでよし。左下に流し,真ん中をやや短く,右をスラリ長くする必要なんかないのです。それに令和の令なんか,人それぞれ書き方がてんでんバラバラなはず。

役所に限らず民間企業やどんな集団にも,業務やことを進める際のマニュアルとか先輩からやかましく申し渡される決まりがあるのは,致し方なしとしても,役所のルールって,とりわけ金を払う段になると,まずてめえから案内してくれることはなく,いただく人からお願いしますと頼まなきゃならないし,必要書類が一つでも欠けたりミスがあったら速攻NG。

まあ,たしかに国民や地元住民からの血税で成り立っているのだから,あとでとやかく文句を言われたら,自分もボスも困るので,厳格にしなければならないのでしょうね。

平時であればともかく,有事には,もう少し急げよ,融通が利かねえな,なんでこんなに手続きが複雑なんだよ,とみんなから一斉攻撃を受けてしまいます。

だってこれが,ぼくらのおしごとなんです。一生懸命やってるのに,なんでこんなに責められなければならないんだろうか,そんないいわけが聞こえてきそうですが…

(PS) パスポートを更新したのは今から7年前,1年だけ横浜の菅田町で暮らしていたときのこと。今でも,そんな重箱の隅チェックが行われているのかどうか,定かでありません。

2020.5.6 ふみよ
posted by Don and Mama Mind at 06:16| 諸々 | 更新情報をチェックする